実際、制作中は最初から最後に至るまで機材の能力の高すぎるところと、未だ導入できていない機材の足りないところによって、それを使うのか使わないのか、あるいは何度も記した源泉の良さにという直感に従って使えるのか使えないのかという判断の格闘であった。
それから、ノイズや演奏の揺れを必要以上に嫌悪するミュージシャンへのアンチテーゼも大いに含んでいる。
実際この中には耳につく、いわゆる「不快なノイズ」と普段いわれてしまうものもそのまま使っている箇所も沢山あるし、プログラミングしたドラムや鍵盤などのフレーズが注意深く聞けばずれているように聞こえてしまう部分さえある。
もっと酷いもので、私自身ちょっと気持ち悪い処理さえある。さらに演奏上のミスタッチみたいなものや至らなかったものなども、すべて確認した上で詰め込んだ。
そして、多くのトラックを作成し、その多くをボツにした。これは、しのくにの二人のシンプルに表現する姿勢にならい、私自身そういった手法を用いるしのくにの一員として作業することを心がけたことにもよる。
作品良し悪しはリスナーの方に判断していただくものではあるが、私が聞いてもエグ味がある。もしかすると万人に美味しいと言ってもらえるようなものではないかもしれない。
前述した、私が思う処理が失敗していると思える所なども、この先しのくにがこのテイクや処理を使ったのは失敗したと思うことがあるかもしれない。もしかすると、私が将来これでベストだったと思うことがあるかもしれない。
現実の受け入れられない感覚に対しても受容して詰め込んだ部分は、しのくにが私の意見を押し通して詰め込んだ部分もあるし、逆に私が押し切った部分もある。換言すれば、数多くのテイクを重ねているのとは逆に、その実、テイクの選択した概念により、この作品はライブ収録の延長線上にしたようなものだとも言える。
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しのくにの二人は、何よりもこの機会を与えてくれたこと。
機材を快く貸し出してくれていて、スタジオの環境をワンランク上のものにしてくれている Studio forestaの森田さん、私にその所作だけでさえも色々教えてくれる Be-Born Studioの稲葉さんには、この制作が始まる前にたまたま個人的にスタジオに呼んでいただいてお話させてもらう機会を与えてくれて、大いに励まされた。
また編集過程でも何度かファイルを送り付けてしまい、その度に激励の言葉をいただいた。
他にも多くの人の手がなければこれは完成できなかったが、書ききれないので特別にこれらの人に感謝の念を込めて書き残したい。
また、この作業中に東日本大地震が起きて作業にも支障をきたした。だが、その不便さは被害の大きかったところからすれば、例えば米粒より小さいようなものであり、津波の一滴にさえならない。 東北は特別に大好きなエリアで旅先で知り合った方、思い入れのある場所も多い。こんな時に音楽している自分がいると思うとやりきれない瞬間もあった。
心から、被災者の方々には一秒でも早く安心できる生活が与えれると共に、精神的にも癒されることを祈らずにはいられない。
2011年3月26日
文筆:紅谷亮次